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明日のふるさとづくり あぶくま農家体験??福島県鮫川村

星空観察や炭焼き、稲刈りやソバ打ち……。自然豊かな田舎を舞台に、昔懐かしいふるさとでの遊びや農林業体験などが楽しめる施設が人気だ。ふだん、自然とふれあう機会の少ない都会の人たちに、田舎の心地よさを感じとってもらう一方、農山漁村側にも都市住民との交流を通し地域の活性化につなげたい、との思いがある。秋の気配漂う福島県鮫川村の農家と栃木県塩谷町の廃校を訪ねた。
 
 ◇田舎が結ぶ「農と食」??グリーンツーリズム、里村の再興かけ
 
 ◇鍬を手に、収穫喜び、舌鼓も
 
 東京駅からJRハイウェイバスで常磐自動車道を2時間半、いわき勿来インターチェンジで降りて30分ほど車で曲がりくねった山道を行くと、福島県南部の鮫川(さめがわ)村にたどり着いた。
 「囲炉裏(いろり)がある!」
 都内から1泊2日の「田舎暮らし体験」に訪れた佐藤弘子さんと佐々木澄子さんが、黒ずんだ太い柱の古い農家の中をのぞき、声をあげて目を丸くした。
 「炭の火をおこしておきましょう」
 NPO(非営利組織)「あぶくまエヌエスネット」代表の進士徹さん(46)がニコニコしながら、囲炉裏に赤く燃える炭を差し入れた。
 「食と農を極め、原点に生きる」
 進士さんが用意した農家体験プログラムのひとつが女性限定の「ヘルシー新鮮組!」コースだ。
 たった2、3日の滞在だが、昔ながらの囲炉裏や竈(かまど)が備えられた農家に泊まり、田畑から農産物を収穫して料理し、食べる。
 この日、都会から来た会社勤めの20代の女性2人も、さっそくスポーツジャージーに着替え、30アールの畑に鍬(くわ)を抱えて勇んで入っていった。
 ジャガイモ、赤トウガラシ、ナス、インゲン、トマトにトウモロコシ。土の中から野菜を掘り出し、採りだしていく。
 「あっ、スライスしちゃった」と佐々木さんが叫んだ。ふらついた腰つきで振り下ろした鍬が、たちまちジャガイモを真っ二つに切ってしまった。
 20坪はある広い鶏小屋には、のんびり土の上を走り回るニワトリがいた。座り込んだ雌鳥の腹の下から恐る恐る取り出すと、産んだばかりの卵が温かい。
 「農作業が食事に結びついていてワクワクします」と佐藤さん。収穫したばかりの野菜などで夕食作りを始めた。
 進士さんが自分で造った石窯オーブンで、ピザやパエリアを作る。
 コメはもちろん、進士さんが耕す65アールの田んぼで丹精込めて育てた。ピザの生地の小麦粉も自身で育て、粉に挽(ひ)いたもの。おみそ汁のみそも、もちろん自家製。
 「野菜の味が、スーパーで買うのと全く違う」と佐々木さん。
 自然を五感で感じ環境の大切さを知る「ネーチャーゲーム」に参加しているという“環境派”の佐藤さん。生まれも育ちも東京だが、自然の中で暮らすあこがれは強い。この夏、北海道の酪農体験ツアーにも出かけた。
 「ネーチャーゲームも良いけど、自然の中で作って食べる農家体験のだいご味が素晴らしい」

 ◇命の大切さ、共感生み

 進士さん自身も、実は東京生まれの東京育ち。鮫川村とは縁もゆかりもなかった。
 大学で社会福祉を学び、静岡県の肢体不自由児療護施設「ねむの木学園」で指導員を務めていた。
 長男の尊主(たかもり)君が重い心臓病にかかったのを機に1986年4月、鮫川村の廃校を利用して子どもたちの山村留学「たけとんぼ学園」を設立して移り住んだ。
 95年7月1日、療養のかいなく尊主君は亡くなったが、妻の由美子さん(46)、残された3人の子どもと鮫川村に残り、有機栽培農業と農家体験の「自然大学活動」に取り組んだ。
 「農家の生産活動を体験すれば、命の大切さも学んでくれるはず。都会の人も村の人も、この里村で共に育ち生きることを学んでほしい」
 進士さんの願いは、徐々に通じ始めた。
 「最初は鍬の持ち方も分からなくて、教えてくれた農家の人が『なんでそんな疲れる持ち方してんの』とあきれてました」と苦笑する。
 村の人々は「ニワトリの絞め方ぐらい覚えないと追い出すぞ」などと軽口をたたきながら、進士さんの姿勢に共感して廃屋となった農家や田畑を世話してくれた。
 農家体験活動にボランティアで加わる三瓶稔さん(49)は「鉈(なた)や鍬の使い方を教える、なんて言っても、村の人間は昔から体で覚えているから、都会の人にコツを教えるのが難しくて」と笑う。それでも「里村の暮らしの知恵を伝えて村おこしにつながればね」と期待を語る。
 衰退一途の日本の農業だが、少しずつイメージが変わり、共感がわき始め“何か”が起きている。
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 ■ことば
 ◇鮫川村
 標高680メートル、阿武隈山系の端にある集落は人口4600人。日本の農業に多い典型的な「中山間部農村」。大半は兼業農家。過疎化と高齢化に減反政策が追い打ちをかけ、日本の里村(さとむら)は荒れるばかり。こうした事態に打ち出されたのが「グリーンツーリズム」。都市住民が農家に泊まって田舎暮らしを体験し、日本の農業の現実を知る機会を作り出す。「NPO法人あぶくまNature,School,Network」の問い合わせ連絡先は電話・ファクスが0247・48・2508、HPはhttp://www2.ocn.ne.jp/?abukuma