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[ちほうがうごかす・新地動説]特区 「どぶろく」認定の岩手・遠野市

構造改革の目玉の一つが、地域限定の規制緩和策「構造改革特区」。民話のふるさと、岩手県遠野市も「どぶろく特区」が認められ、自家製の、どぶろくを飲むことができるようになる。導入されて1年半が過ぎる特区で、地方が国の規制の壁を破ろうとしている。
 
 ■天狗や河童も楽しく宴会?
 ◇「民話のふるさと」の救世主になれるか

 北上高地の山ろくにある遠野市附馬牛町。民俗学者の柳田国男はこの地を「遠野物語」で「山々にて取り囲まれたる平地なり」と記した。ここで民宿を営むのが江川幸男さん(54)。周囲は遠野物語に登場する天狗(てんぐ)、河童(かっぱ)が出没しそうな雰囲気を今も残している。
 
 「昔、このあたりは酒屋もなく、気軽に酒を買うことができないような土地だった」と江川さんは話し、「冷涼で冬場、どぶろくを造りやすく、農家が自家製の酒を造る文化も根ざしていた」と説明する。
 
  米作りなどを通し、農村が持つ自然、文化、そして地域の人たちと交流する「グリーン・ツーリズム」が話題になり始めた15年ほど前、専業農家だった江川さんは民宿経営を考え始めた。

 99年に客室、廊下、厨房(ちゅうぼう)など約1000万円をかけて自宅を民宿に改造してオープン。目玉は乳搾りやキノコ採り、魚釣りなど。今では都会からも宿泊客が来るようになった。

 「本当の遠野を知ってもらいたい。かつて先祖が造っていたどぶろくを飲んでもらうのが一番。一口飲めば、この地のことを一瞬にして理解することができる」。そんな思いが伝わったかのように遠野市も、酒税法の規制緩和を求める動きを始めていた。

 「どぶろく特区」は認められ、農家でもどぶろくを造ることができるようになった。だが、自由に造れるわけではない。

 明治以前、各地の農村では、自家製のどぶろくが造られていたという。だが、日露戦争の戦費調達のため酒税が強化されるようになった。以来、重要な税収入として、酒造りにはさまざまな規制が設けられた。

 民話のふるさととして年間約160万人の観光客が訪れる遠野市。観光客は春から秋に集中し、冬場は、温泉やスキー場などがなく、観光客の数はぐっと減ってしまう。

 わらぶき民家を再現し、民話を紹介する民俗観光施設「遠野ふるさと村」(同市附馬牛町)が、4年前、酒造メーカのどぶろく風清酒を振る舞う「遠野どべっこ(どぶろく)祭り」を冬場に開催。祭りは好評で、冬の風物詩として定着するほどになった。

 市は、このどぶろくに着目。市と岩手県は特区の募集に対し、民宿や旅館がどぶろくを製造し、提供できるよう酒税法などの緩和を求めた。

 02年8月と03年1、6月に規制緩和を提案したが、酒税法を主管する財務省が「どぶろくの原料となる米は全国で作られている」など遠野市を特区として認め、規制緩和の対象とする意義が見いだせないとしたことなどから、提案は採用されなかった。

 財務省主税局は「今となっては根拠を示す資料がない」と明快な説明ができないが、酒税法では年間最低製造量を6キロリットル(一升瓶約3300本)と規定している。最低製造量は、安定した酒税を得るために、酒造メーカーの製造能力を規定する必要があるとして設けられた。しかし、特区法で、遠野市については最低製造量の規制が撤廃された。

 ◇まるで酒蔵創設のよう??80枚以上の書類に研修…

 免許取得には、製造予定の酒の量などを記した80枚以上の書類を書き、税務署に提出しなければならない。江川さんは「酒造会社を創設するようなものですよ。市役所の職員の方が手伝ってくれなければ、書類作成だけでも何カ月もかかってしまったでしょう。緩和されたとはいえ、規定がこんなに厳しいのかと驚いた」と苦笑いをする。
 民宿を始めるときにも「旅館業法」「建築基準法」「食品衛生法」などの法律をクリアしなければならなかった江川さんだけに、「特区になっても、緩和されたのは酒税法で規定されていた数量だけ。何が特区だという思いはある」と不満を示す。

 どぶろく造りを希望する者に求められた条件は、まだあった。それは「酒造りの経験」。江川さんは、県工業技術センター(盛岡市)で研修を受けることにしている。

 既に、宿泊希望者から「いつごろから、飲めるのか」といった問い合わせがあり、「どぶろくを振る舞うことで遠野を訪れる人を増やし、遠野の良さを多くの人に知ってもらいたい」と江川さん。3月には宿泊客に、どぶろくを振る舞うことができる見込みだ。

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 「遠野物語」には、旧家に住み幸福をもたらすという座敷童子(わらし)が登場する。どぶろくが、この地方の座敷童子になる日も近いかもしれない。
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 ◇構造改革特区とは

 政府の経済財政諮問会議が地域の経済活性化戦略の「目玉」として打ち出した。地方自治体などからの提案で、特定の地域に限定して大幅な規制緩和を試験的に実施する構想。特区として指定し、実施した緩和が地域活性化に有効だったと認められれば、全国に適用範囲を広げていく。具体化を図る「構造改革特別区域(特区)法」が02年12月に施行された。地方公共団体などが特区計画を作成、申請し、総理大臣が認定する。
 これまで1?4次まで提案募集、計1695件の特区構想案が提出された。「小中高校一貫の英語教育特区」(群馬県太田市)、「宇都宮にぎわい特区」(栃木県)など、認定された計画は236件。
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 ■ことば
 ◇どぶろく特区
 正式名称は「日本のふるさと再生特区」で、昨年11月認定。緩和されたのは▽民宿やレストランなどを開業する米作り農家が、自家製の酒を製造できる(酒税法の特例)▽簡易な消防用設備で民宿経営ができる(消防法の特例)▽株式会社なども市から農地を借り、農業を始めることができる(農地法の特例)。遠野市は07年度までに、一連の緩和を活用した民宿を20件、自家製酒類製造業者を10件設立したいとしている。どぶろくなどの酒を造ることができる特区としては、長野県飯田市など2市5町3村が認められた。