幻の城「帰雲城」

日本の城は木造建築であるため、遺構がほとんど残っておらず、場所もよくわからない「幻の城」は意外に多い。史料は当時の威容を伝えるが、その土地に行ったとしても、一部の石垣どころかまったく痕跡すらつかめない城跡もある。

滋賀県の大津城や福井県の敦賀城のように、地下から遺構がいくつか発掘されてその存在が確証された例もある。全国的に遺倦探しは続けられているが、なかなか姿を現さない「幻の城」がある。岐車県の白川郷にあったとされる帰雲城だ。

白川郷は内ヶ嶋氏が支配しており、寛正年間(1460~ 1466) に居城として築城された。悲劇が起こったのは天正3年(1586) 11月29日、天正大地震によって、内ケ嶋氏と帰雲城は忽然と歴史から消えてしまったのだ。現在も名残りとなるような遺構は発見されておらず、離れた場所に石碑があるのみ。帰雲城の悲劇は本願寺の日記「貝塚御座所日記」に残されており、近くの帰雲山の山崩れによるものと見られている。

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