小満は二十四節気の中でも夏の節気で第八節気です、その意味は命が満ち満ちてくるころのため、つけられた節気名。爽やかな五月晴れもあれば、ぐずつく五月雨も。どちらも命を育む大切な贈り物です。

2014年の小満はいつから?

5月21日(水曜日)〜6月5日(木曜日)

小満の頃の行事やことば

走り梅雨

梅雨に入る前のぐずついた天気のこと“梅雨が明けたあとのぐずついた天気を「残り梅雨」、梅雨が明けたあど再び梅雨のような天気二戻ってしまうことを「戻り梅雨」、「返り梅雨」とも。走り梅雨が見られると、春は終わりです。こうした雨期は世界中で見られますが、日本の梅雨の場合、雨足がそれほど強くなく、長期間続くのが特徴。

麦秋

麦秋って、まだ五月なのに秋?秋の意味は、麦が実り収穫(秋)を迎えるところから麦秋と呼ばれたのです。二毛作の農家では、短い秋を過ごしてもうひと仕事です。雨の少ない季節ですが、もうすぐそこに梅雨が迫っています。

小津安二郎監督の名作映画にも『麦秋』のタイトルがあります。年ごろの娘を持った家族が縁談を心配していたら、立てつづけに結婚話が舞い込んできます。生育の早い麦は手間いらずの孝行娘のようなもの。まさに実りを迎えた娘の複雑な思いを原節子が演じていました。

小満の頃の旬の食材

ちまき

もち米などを笹の葉で三角形の形に巻いて、蒸して食べる料理がちまきです。日本には平安時代になって中国から入ってきたとされています。こうした料理は、東南アジアの各国でも見られます。ご飯ものの中華ちまきが有名ですが、日本では、中にあんこを入れた和菓子も作られていて、柏餅と並び、端午の節旬に食べる習慣があります。また、葛餅や羊羹などを笹の葉でくるんだものも、ちまきと呼ぶことがあります。

麦飯

今では麦飯は健康食としてそこそこ定着していますが、古くは祝祭の時に麦に米以外の穀物や、野菜と一緒に炊いて食べたといいます。お米が貴重で神聖なものだったからでし♯つ。その後も刑務所のまずい御飯の代表として定着したせいか、どうしても米の代用品としてのイメージが強いですね。しかし麦飯はビタヽヽシ豊富で脚気などの予防に効果があります。麦飯にとろろをかけて食べる麦とろは、現在でも多くの人々に好まれています。

五月になると、釣り人が待ちかねているのが鮎の解禁日。縄張り意識の強い鮎は近くにほかの鮎がやってくると、体当たりして縄張りを守ります。この習性を利用した釣りが友釣りです。砂や石の多い透き通った渓流での鮎釣りの風景は、まさに夏の風物詩。

小満の頃の花

卯の花

旧暦四月は別名、卯月です。十二支の四番目がウサギで卯と書くことから、四番目の月を卯月と呼ぶ説もあるようです。卯の花が咲く月だから卯月。卯の花はユキノシタ科ウツギ属。空本の別名で、自くてかわいい花を咲かせます。

かきつばた

「いずれがあやめかかきつばた」。見分けがつけがたい似ている女性ふたりの美しさを言い表わすたとえに使われるかきつばたですが、あやめもかきつばたもどちらもアヤメ科アヤメ属です。かきつばたは花菖蒲盆日のあやめ)と並ぶ五月の花です。紫色の花とすらりとした姿が小粋な女性を連想させたのでしょう。

紅花

染色の材料や食用油として利用される紅花ですが、別名は末摘花。左の『源氏物語』の和歌にも詠まれた末摘花にたとえられた女性も、紅花だといわれれば、なるほどと思われるファンの方もいらっしゃるでしょう。

キク科ベニバナ属の一年草、または越年草で、日本には四世紀から六世紀の間に伝来したようです。中国の呉を経て伝来した藍(染料)といつ意味から「呉の藍」、転じて紅花となったようです。紅花の花は黄色ですが、何度も水にさらして乾燥を繰り返すうちに紅色になります。山形の県花であり、千葉県長南町の町花ということから推測されるように、かつては、どちらも紅花の生産地でした。ほかには埼玉県の桶川市周辺で盛んに栽培されていましたが、化学合成による同種の染色が可能になったことから衰退しました。

ただし、種を絞って取れる紅花油はサフラワー油として現在は食用油やマーガリンの原料になっています。

薔薇(バラ)

外来種と思われがちですが、バラは古くから日本にも自生していた植物で、万葉集にも歌われているほか、江戸時代には園芸用の品種の栽培も行われるようになりました。

明治以降になると技術も進歩し、全国各地にバラ園が造られるようにもなり、庶民にも親しみのある花となっていきました。また近年では、遺伝子組み換え技術によって、これまでになかった「青いがこも誕生するなど、世界各国で愛されています。

小満の頃の生き物

ほととぎす

不如帰、時鳥、杜鵠、どれもほととぎすと読みます。夏の鳥として知られるほととぎすには別名が多いのですが、またの名を「卯月鳥」とも。まさにこの時季を代表する鳥です。『方丈記』にも登場し、「夏ほととぎす」と道元が詠んだように、ほととぎすは古来から多くの歌其詠まれてきました。

かきつばたは燕子花、杜若とも書きますが、杜若のほうは、トジャクといったヤブミョウガといつ別種と混同したと思われます。

蚕はカイコガといつガの幼虫ですが、「お蚕様」と呼ばれるほど、農家にとっては貴重な現金収入でした。そのため、数え方も牛や馬と同じ一頭二頭と数えていたそうです。飼育の目的はもちろん天然繊維の絹糸の採取。蚕の作った繭から取れた高級繊維である絹糸は高級着物の材料になるだけでなく、貴重な輸出品日として、日本経済を支えていました。

ただし、女工哀史と呼ばれたように、絹糸の製糸工場の女工たちに過酷な労働を強いることになりました。日本の絹糸は丈夫で、上質であり、卵や蚕も寒さに強かったため、ヨーロッパから遠路はるばるやってきて、卵を高価で買い求める商人もいたようです。

小満の頃のうた

鴬の 生卯の中に 雷公鳥 独り生まれて

己が父に似ては嗚かず 己が母に似ては嗚かず

卯の花の 咲きたる野辺ゆ 飛びかけり

来嗚き響もし

橘の 花を居散らし 終日に 嗚けど聞きよし

幣はせむ 遠くな行きそ

わが屋戸の 花橘に 住み渡れ鳥

高橋虫麻呂 万葉集(巻九・一七四二)

唐衣 きつつなれにし

つましあれば

はるばる来ぬる旅をしぞ思ふ

在原業平 古今和歌集(巻九・羇旅歌四一〇)

なつかしき 色をもなしに 何にこの

末摘花を 袖に触れけん

源氏物語(末摘花)

小満の七十二節気

蚕起食桑(かいこおきてくわをくう)

蚕が桑を盛んに食べ始める

紅花栄(べにばなさかう)

紅花が盛んに咲く

麦秋至(ばくしゅういたる)

麦が熟し麦秋となる