清洲城

清洲城は信長初期の居城は名古屋城の建材に

はじめて城が築かれたのは応永ロ年(1405)のことといわれ、尾張守護斯波義重によるものである。その後斯波氏は織田家の台頭により衰え、弘治元年(1555)に織田信長が入城して以降は尾張の中心地として栄えた。信長が桶狭間の戦いの際、「聡齢」を舞った城としても知られる。

信長の死後、信長の次男信雄が入り、天正14年(1586)に改築が施される。徳川氏の世となると名古屋への選府がなされ、清洲の城下町がそのまま名古屋城下へ移転された。これが世にいう「清洲越し」で、その際に天守なども解体され、名古屋城築城の建材とされた。

現在の清洲城

名古屋遷府により廃城となった清洲城だが、現在は三重四階の天守などが再建され、城内には清洲の歴史を知るさまざまな史料が展示されている。ただしかつての城趾内を東海道新幹線の路線が横切るなど、縄張は大きく変わってしまった。

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