岡城

岡城は敵を本丸に近づけぬ難攻不落の山城

作曲家、滝廉太郎の『荒城の月』は、岡城跡からイメージを得ているとされる。城には廉太郎の銅像が、九重連山の山並みを眺められる所に建てられており、時折哀愁のメロディーが鳴り響く、何とも趣深い城だ。

築城は文治元年(1185)まで遡り、緒方惟栄が、源頼朝と仲違いをしていた弟・義経を迎えるため築城したと伝えられている。しかしその真偽は明らかでなく、岡城の名がはっきりと歴史上に登場するのは、天正日年(1586)のことである。九州制覇を目指す島津軍が豊後に侵攻した折りに、志賀氏口代当主・志賀親次が岡城に龍城し、見事島津軍を撃退したという記録が残る。

文禄3年(1594)、親次に代わって播磨三木から中川秀成が入封。以後は廃藩置県で廃城となるまで、中川氏が代々藩主を務めた。中川氏の代で岡城は大改修され、本丸を中心に二の丸、三の丸、西の丸を整備。高石垣を張り巡らし、天守の代用となる御三階櫓も築かれた。

明治に入り建物は解体され、現存しているのは高石垣のみだが見応え十分。山上に連なる勇壮な石垣を見ょうと、観光客が後を絶たない。

岡城の豆知識

岡城は岩盤の上に築かれたため、台風や地震などの自然災害や、それに伴う火事などの被害を多く受け、明和年間(1764~1771 )には城内の大半を焼く大火が起きている。

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