徳島城

徳島城は海と河川に挟まれた戦国末期の平山城

標高61mの城山山頂の本丸を中心に東二の丸、西二の丸、西三の丸が配された平山城で、蜂須賀家政によって築城された。当時は水軍の重要性が高かったため海沿いに築かれ、城の北を流れる助任川と、南の寺島川が天然の掘として機能する。

本丸の周囲を阿波の青石(緑色片岩)の高石垣で囲んだ堅固な造りで、徳島城の特徴のひとつとなっている。天守は当初この本丸にあったが、江戸初期に解体され、代用として東二の丸に御三階槽が備えられた。

明治に入り廃城となると鷲の門を残し、すべて解体される。鷲の門も戦時中に焼失し、平成に入って再建された。

蜂須賀氏の出世物語

徳島城を築いた蜂須賀家政の父は、蜂須賀小六の名で知られる豊臣秀吉の重臣である。もともとは野武士集団の親玉だったといわれるが、秀吉のもとで才能を開花させて出世街道を上り、家政の代で徳島藩を任されるまでになる。

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