漂着物が「えびす様」

室町時代以後、恵比寿様は日本神話に出てくる神々の中で最も庶民に身近な神様とされた。これは漁民の間に古くから広まっていた漂着物を祭る習俗が、福の神信仰と結びついたことによるものである。
「えびす」の神を表わす、きわめて多様な表記がみられる。その主なものを掲げておこう。

恵比寿、意比須、戎、夷、蛭子、恵比酒、江美須、江比須、狭、胡。

これらすべてが「えびす」と読まれる。「えびす」のことを、「えべつ」や「えベっ」と呼ぶ地方もある。また「えびすさま」、「えべつさま」と「さま」を付けて呼ばれるところも、「えびすさん」、「えべつさん」と「さん」を付けるところもある。「えびす」神が多くの人に愛され信仰されたために、このような多様な表記や呼び方が生まれたのだ。漁業地帯には、海から上がった漂着物をご神体として祭る習俗が広くみられた。丸い石、鯨の骨、南方から流れて来た日本にない道具などが、異国から来た「えびす神」とされたのだ。

古代の漁民はこのような「えびす神」を、豊漁をもたらす海の神と考えたのだ。蛭子命と事代主命古代の日本人は、「見慣れないものを、粗末に扱ってはならない」と考えた。かれらは朝鮮半島や南方から新たな未知の技術を得て、文化を発展させてきた。そのために自分たちに理解できないものは、役に立つものかもしれないとされた。そして海の果てから流れて来た不思議な物には、神様が宿っているのではないかとも考えた。

『古事記』などが記す中央の神話が朝廷によって広められたのちに、漂着物を御神体とするえびす神が日本神話に出てくる海の果てに去った神と結びつけられた。そのために伊失諾尊と伊失再尊が船に乗せて海に流した蛭子命(水蛭子)と、皇室の祖先に地上の支配権を譲って海の果てに行った事代主命が「えびす様」とされたのである。