恵比寿神には蛭子命(ひるこのみこと)と事代主命(ことしろぬしのみこと)という二つの神格が存在します。蛭子命系は古事記の「海に流された子」が漂着して神となる伝承に基づき、西宮神社を総本社とします。一方、事代主命系は大国主命の子で国譲りの際に美保の岬で釣りをしていた神話に由来し、島根県の美保神社を中心に信仰されています。この二系統は中世に習合し、現在の恵比寿信仰を形成しました。
出雲の美保神社の恵比寿信仰
島根県松江市の美保神社は、出雲系恵比寿信仰の総本社として事代主命を主祭神に祀ります。創建は奈良時代以前とされ、出雲国風土記にも記載があります。美保神社の「青柴垣神事」は毎年4月7日に行われ、事代主命が国譲りの際に青柴垣を立てて海中に隠れた神話を再現する神事です。全国に約3,000社ある恵比寿神社のうち、約40%が事代主命系とされ、出雲信仰圏の広さを示しています。
島根半島の先端近くの美保関に、事代主命を祭る美保神社(松江市)がある。この神社は、古くは美保関のあたりを治めた漁民の首長(指導者)が、海の神を祭った神社であった。
事代主命は、もとは漁民の集団の氏神で豊漁をもたらす神であったが、そこの首長が出雲氏に従ったあと大国主命の子神とされた。さらに『古事記』の物語では、美保で漁をする事代主命がすすんで皇室の祖先に国譲りをして海の果てに去った神とする物語がつくられた。
美保関の事代主命は、もとは海の果ての常世国に住む神と考えられていたとみられる。この神は祭りの時だけ、海を渡って美保関を訪ねてくるとされたのだ。
のちに西宮神社から海から来る恵比寿様の信仰が広まると、西宮の神に似た性格をもつ美保関の事代主命も恵比寿様であると考えられるようになった。美保神社の神様が恵比寿様として新たに福の神にされたのは、室町時代末頃のことではあるまいか。
大阪の今宮戎
大阪の今宮戎神社は、商業都市大阪における恵比寿信仰の中心地として発展しました。推古天皇の時代(593年頃)に聖徳太子が四天王寺建立の際に西方の守護神として創建したと伝わります。毎年1月9日〜11日の「十日戎」には約100万人が参拝し、「商売繁盛で笹持ってこい」の掛け声とともに福笹が授与されます。大阪商人の経済力と結びつき、恵比寿信仰は商業の神として全国に広まりました。
大阪で人気のある福の神に、大阪市浪速区の今宮戎神社がある。 一月九日、十日、十一日に行なわれる十日戎に、約一〇〇万人の参拝者が今宮戎を訪れる。
今宮浜という漁村の漁民が古くから祭っていた豊漁の神が、室町時代に今宮戎という有力な神社になった。広田神社の戎神の分霊が迎えられて今宮戎になったとする説もあるが、今宮戎神社は現在、「聖徳太子が今宮戎をおこした」とする立場をとつている。
今宮浜に浜の市という市が開かれるようになったのちに、今宮の「えびす神」が商売繁昌の神になっていった。そして今宮のえびす神が各地の商人の信仰を集めるようになったのちに、今宮の人びとが、「今宮の神は、西宮のえびす神とは別の神だ」と主張し始めた。かれらは今宮のえびす神を、庶民に人気のある大国主命の子神である事代主命とした。今宮のえびす神が事代主命とされるようになったのは、室町時代後半の頃ではあるまいか。
江戸時代に大坂が町人の町として発展すると、今宮戎神社は福の神として商人たちに信仰された。この時期から今宮戎の十日戎は、大そうな賑わいをみせた。
江戸時代に今宮戎の繁栄にあやかつて、大坂周辺に事代主命を福の神として祭る神社が広まっていった。さらに大坂と取引のある各地の商人も、事代主命の恵比寿様を祭つて商売繁昌を願った。
美保神社のような地方豪族などが古くから事代主命を祭っていた神社が、のちに事代主命を福の神とした例もある。しかし私は、福の神としての事代主命信仰は主に今宮戎神社から広まったと考えている。
恵比寿神の二系統比較
| 項目 | 蛭子命系 | 事代主命系 |
|---|---|---|
| 神話の出典 | 古事記・日本書紀 | 古事記(国譲り神話) |
| 総本社 | 西宮神社(兵庫県) | 美保神社(島根県) |
| 神話の内容 | 海に流され漂着した子 | 国譲りで海に隠れた神 |
| 主な信仰圏 | 関西・関東を中心に全国 | 出雲・山陰地方を中心に全国 |
| 代表的祭礼 | 十日戎・福男選び | 青柴垣神事 |
| 全国の社数割合 | 約60% | 約40% |
よくある質問(FAQ)
- Q. 蛭子命と事代主命は同じ神ですか?
- A. 元来は別の神です。蛭子命は伊弉諾・伊弉冉の子、事代主命は大国主命の子です。しかし中世以降、両者とも「海から来た福の神」という共通点から習合し、現在は「恵比寿様」として一体的に信仰されています。
- Q. 美保神社と西宮神社、どちらが本家ですか?
- A. 西宮神社が「えびす宮総本社」、美保神社が「えびす様の総本宮」を名乗っています。系統が異なるため、どちらも正統な恵比寿信仰の中心地です。
- Q. 今宮戎神社の十日戎はいつ行われますか?
- A. 毎年1月9日(宵戎)、10日(本戎)、11日(残り福)の3日間です。特に10日の本戎には数十万人が参拝し、福笹や吉兆と呼ばれる縁起物が授与されます。
著者情報
本記事は日本の行事編集部が、日本の伝統文化と七福神信仰に関する研究をもとに執筆しました。
参考文献・出典
本記事の内容は、上記の公的機関の情報および日本の伝統行事に関する文献を参考に、「日本の行事」編集部が独自に調査・編集したものです。