寿老人の杖と着物

日本人にとつて、寿老人は福禄寿よりさらに馴染みの薄い神である。次項の自家(自髭)神社を別にすれば、寿老人を主祭神とする神社は、日本に一つもみられない。室町時代に中国文化にあこがれる禅僧が、福禄寿と寿老人の信仰を取り入れた。しかしこの中国人に人気のあった二柱の神様は、日本では禅寺の外にはほとんど広まらなかった。

そのため七福神巡りの時に、寺院が本尊とは別に祭る福禄寿像や寿老人像を拝むことが多い。

寿老人は杖を持ち、杖に巻物をぶら下げている姿に描かれることが多い。この巻物は「司命の巻」と呼ばれる一人一人の人間の寿命を記したものだといわれている。

寿老人と春日信仰

中国の寿老人の絵に、蝙蝠と鹿が添えられていることが多い。中国の蝙蝠の蝠(ホ〔フク〕の音が福(ホ〔フク〕と同じで、鹿(ロク)と禄(ロク)の音も共通する。そのために蝙蝠や鹿は、福をもたらす縁起の良い生き物とされた。

日本には蝙蝠を好む風習はみられないが、鹿は春日大社(奈良市)や鹿島神宮(茨城県鹿島市)の神様の神使とされていた。春日大社は、朝廷で最も有力な貴族である藤原氏の氏神で、日本国内に多くの分社をもつ。

春日信仰をもつ人びとが、鹿を従える寿老人に親近感を感じ、寿老人を福の神として重んじる集団の中心となったのであろう。しかし個性のないありふれた上品な老人の姿をした寿老人は、印象が薄かった。そのため寿老人が庶民に馴染み深い福の神となっていくのは、江戸時代に入ってからであると考えてよい。